そのお客様には、娘さんのご依頼で毎日夕食をお届けすることになっていました。初めてご自宅に伺った日、その方は私に「こんなこと初めて」「ありがたい」と言って両手を合わせて下さいました。それから指で輪っかを作って「それでマネーの方は？」と仰られました。とてもチャーミングなおばあちゃんです。

次の日私が伺うとその方はまた「こんなこと初めて」と仰られました。お客様は痴呆症を患われていました。私は毎日お弁当の説明をして「また明日きますね」と手を振って別れました。

３ヶ月ほどたったある日のことです。いつものようにお客様のおうちの前に車を停めると玄関の戸が開いています。嫌な予感がしました。足腰は丈夫な人でしたが、外出をされることは今までありませんでした。

私が慌てて車から飛び出すとお客様は玄関に腰掛けていました。ホッと旨をなでおろしているとお客様は「待ってました、いつもありがとうございます。」と笑顔で私を迎えて下さいました。

ビックリしました。痴呆症は回復が難しいとセミナーで聞いていましたし、初めての経験でした。毎日お互いに「ありがとうございます」とは言ってきましたが、それが初めて通じ合ったように感じました。

このお客様とは現在もお付き合いが続いています。ただ痴呆症が治ったというわけではないようで、今でも「初めまして」と言われることの方が多いです。それでも月に何度かは「待ってました」と言ってくださったり、私も気持ちよく「ありがとう」ということができます。

今日はどちらの〇〇さんに会えるんだろう。私はそれを楽しみにして今日も配達に向かいます。

小さな小さな行動が、お客さまにとって喜びになるのだということを改めて感じた経験をしました。お弁当を部屋の中までお持ちするお客様がいらっしゃるのですが日数を重ねるうちに少しずつお話をするようになりました。

最初は挨拶やお天気の話だけでしたが、現在は家族の話や買い物へ行った時の話など色んな話をしてくださいます。

お客様が話しをして頂くことを「へぇ〜」「そうですか」など相槌をしながら聞かせて頂いています。そして部屋をでる時には握手をしています。

その時にお客様から「あんたが来てくれるのが楽しみや」という言葉を頂きました。優しい笑顔で言ってくださる姿を見た時、お客様にとって少しでも身近な存在になれたことがとても嬉しかったです。ほんのわずかな時間ですが、お話をさせて頂きお客様に喜んで頂けることを実感しました。

私の行動はとても小さな行動ですが、その小さな行動を大切にしてこれからも笑顔でお弁当をお客様の元へ届けたいと思います。